SoftCoral   東京の島の心霊と怪談

ここでは東京の島の心霊現象と古くから伝わる怪談話しをご紹介いたします。

心霊現象
1. 硫黄島
 ここはテレビや雑誌では決して紹介されないが、国内屈指の死霊の島である。なぜ紹介されないか。それはおそらく次の2つの理由による。
 @一般人は上陸が許可されていない。またバラエティ番組の取材も許可が下りない。
 A第二次世界大戦の犠牲者の遺族に対する配慮。
この島は言わずと知れた玉砕の島。太平洋戦争末期、40日間の戦いで日米あわせて約5万人の犠牲者を出している。島の地下要塞には火山島灼熱地獄の中で最後までアメリカ軍と戦いを繰り広げた日本兵の数多くの白骨が今なお未回収のまま残っている。言ってみれば幽霊が出てあたりまえ、出ないほうが不思議という環境下にある島である。ここは一般の人は上陸できないが海上・航空自衛隊員、海上保安庁職員だけが駐在している。この島で幽霊を見た経験をもつ隊員・職員は大勢いるらしい。しかも現れる幽霊の数も多く、時には昼夜関係なく出てくるらしい。硫黄島基地では、幽霊対策として毎日慰霊碑の前にもうけてある盃に水を補充する規則となっているとか.....。宿舎でも寝る前には部屋の前に水を準備しておかないと、兵士の霊が水を求めて中へ入ってくるとのことである。海自隊員や海保職員で幽霊に悩まされノイローゼになり帰還させられる人もいるらしい。
 筆者が硫黄島が死霊島であることを知ったのは1985年に初めて小笠原(父島)へ行った時のこと。現地の人が話してくれた。かつてこの島へ霊感の強い人が上陸しようとしたら死霊がその人のところに集まったらしく、その人は気が狂ったように自分で自分の顔や頭を殴り始めた。まわりの人があわてて船に連れ戻し、島から逃げて帰ったとのこと。
2. 新島
 硫黄島を別格とすれば、東京の離島で最も幽霊が多発する島。出る場所は主に、山間部にある海軍墓地周辺。太平洋戦争中に新島沖で戦死した帝国海軍の将兵の遺体を埋葬した墓地である。島民は海軍墓地には誰も近寄りたがらないらしい。並んでいる水兵服姿の兵隊の幽霊を見たり、軍楽隊の演奏を聞いた村人が多くいるとのこと。
3. 神津島
 海岸に向かう途中の道、公園の前のバス停に丑三つ時になると少女が哀しそうに立っているのが目撃されている。この少女はかつてこの島で夜中にジュースを買いに出たばかりに、ナンパグループに目をつけられレイプされてしまい、そして絶望し、果てしないショックを受け、この公園の前で首吊り自殺をしてしまった少女なのである。
   
怪談話
1. 利島
[海難法師(かんなんぼうし)]
利島の1月24日は海難法師の日とされ、海には海難法師の船が走っていて、それを見ると死んでしまうという言い伝えがある。昔、その海難法師の日、水を汲むために、じいさまや母親の止めるのもきかず、湧き水の出る浜川まで出かけてしまった息子がいた。その夜の村は明かりがみんな消され、あたりは真っ暗であった。息子は桶いっぱいに水を汲むと、家に帰ろうかと思い振り返ったとき、思わず海を見てしまったのである。「あっ、海にかいなん・・・・・」
無我夢中で家に帰ろうとするのだが、足を早めたくてもガタガタからだが震えてちっとも思うように歩けない。やっとの思いで家の前まで来て、大戸を開けてツボオ(土間)へ飛び込み、「かかあ、たらいのような船が、赤や青の帆を立てて、カケンマ沖を走っていったっけ」というと、ドサッと倒れて死んでしまったという。
2. 新島
[海難法師]
江戸時代、伊豆諸島は韮山代官所の管轄下にあった。あるとき、代官が島を巡る途中、大島から新島に渡る船が転覆して溺死した。その後この日に島で人が死ぬなど凶事が続いた。それ以後、1月24日の夜更けになると海難法師が通り、もし出会えば凶事が起こるとされている。この夜は大声を慎み早寝をする。
3. 式根島
[海難法師]
昔、島の人々を苦しめた代官様を海に沈め、その霊が1月24日になると海から現れるといわれ、その日は戸口にトベラの木をさし、夜はトイレに行かないようにお餅を食べて早く寝る習慣がある。
4. 神津島
[海難法師]
新島、式根島同様に神津島でも海難法師の言い伝えがあり、この習わしを無視して一晩中騒いだ若者3人は、その後皆、不審な死に方をしたという。
5. 御蔵島
[忌の日の明神]
鉄の下駄を履き、赤い衣をまとった恐ろしい形相の神様が、1月20日に御前に上陸して歩き回り、24日の夜になると村にやってくるため、この日は決して家の外には出てはならないとされている。1月24日の夜は今でも島中がひっそりと静まりかえっている。

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